えんとつ町のプペルって頭の弱い人向けに作られた映画なんじゃね?
どうも、最初なんか
シルクハットのガキがプペルだと間違えてました!
豚です。
アマプラでえんとつ町のプペルが観れるようになったので試聴してみました。
大まかな感想としては
1、アニメは綺麗。
2、テーマ、主張の見せ方がストレートすぎてダサいし浅い。
3、藤森声優マジうまいw
って感じですね。
1、アニメは綺麗
お金かかっているだけあってアニメは綺麗です。以上w
ただし絵コンテが良くないのかね、なんかいくつかのシーン、特に動きのあるシーンの構図がなんか違和感を感じるのです。冒頭のルビッチがプペルを発見してゴミ収集車を追いかけるのは絵本版のオマージュとして理解できるのですが(絵本見てないけど)
その他のカメラワークはなんか臨場感を感じない。やはりどこか絵本を見ているようで、せっかく映像作品にしているのだから、オマージュは一部に留めておいて表現媒体の強みを生かして欲しいものだなと思うわけです。
※余談ですが、鬼滅の刃はアニメ化にあたりその辺は非常にうまくできていたと思います。
2、テーマ、主張の見せ方がストレートすぎてダサいし、浅い
名作と言われる作品はテーマを隠します。
代表的なところでジブリの各作品はテーマをモノローグやキャラクターのセリフで語ったりしません。絵やキャラクターの仕草などで、色々な考察の余地を残します。そして繰り返し作品を見ていく中で新しい発見を見出すことが出来るのです。(岡田斗司夫の解説を見てるとめちゃめちゃ面白いですよ)
対してプペルは後半にブルーノ(ルビッチパパ)の
モノローグで全部語られちゃって考察の余地が無いんです。
ここで感動しろ、泣けというのも妙にはっきりしていて、
ダイレクトに原作者の西野の主張の押し付けが始まるわけです。
主張の良し悪しは置いておいて、これを物語を作る上でやってしまうのは非常に悪手です。
考察ができないと作品の話題が見た人同士で盛り上がらないため、口コミが広まりません。後世に残りません。そこで物語は作者の主張の完結と共に死ぬんです。
事実プペル上映当時、興行収入だとか何回見たとか、宗教だとか、そんな話題ばかりでその物語の内容については全くもって話題になってませんでした。
えんとつ町のプペルという作品はあくまで西野の主張のみで完結しておりそこで終わりの作品なんです。
二次創作がほとんど創られなかったというのもそれが理由です。
良い作品は議論の余地を残しその作品だけで何時間でも語り明かすことができるわけです。
そしてそれが二次創作を経て、
原作者の手を離れて後世に残るだけのエネルギーを生み出すのです。
3、藤森声優マジ上手いw
この人はあっちゃんより才能あって好きですw
この滑舌は羨ましいですね。キャラデザも彼に合ってました。
4、アニメーション作品としては・・・。
このブログのように意見や感想を文章にしたり、映像化するにしてもプロモーション動画のような感じでなら主張をダイレクトに入れるべきですし、わかりやすいことは良いことかと思いますが、物語というフォーマットに落とし込みたいのであれば、それは絵や風景描写、キャラクターの仕草にそっと忍ばせておく。セリフで直接入れるにしてもミスリードを誘う演出にするとか、そうすることで俄然物語の深みが増す効果があるわけです。そしてその物語を見た人がそこに気付き、得た感動を他の人に伝えたい。という人間の知性に基づく欲求が生まれることによって口コミなり二次創作が生まれるわけです。(ちなみにこの仕掛けがあまりに巧妙で、かつプロモートが成功していない作品はこの効果によって後年に隠れた名作として日の目を見る場合があります。)絵本の原作版はプペルの正体を最後濁したり(映画版は途中からバレバレ)媒体の特性上テーマをダイレクトに表記しにくいので上手く纏まっている印象がありますが、えんとつ町のプペルという作品はアニメーション映画としてはやはり駄作なのだと思います。
5、バカが勘違いする映画
プペルを見て持論ですが、この映画は一つの危険性を孕んでいます。
これは見た人が大した予備知識や苦労を鑑みずに行動し、人に迷惑をかけることを推奨しかねない内容だと感じます。なぜかというと前述した通り、この作品はメッセージがダイレクト過ぎるし、主張も浅いからです。
この作品の主張は「周りの常識を盾にした批判や中傷を恐れずに自分を貫け」ということかと思われます。
煙で覆われたえんとつ町の煙を払って星をみんなに見せることが後半の主人公の目的となりますが、これを邪魔するのが町の支配者と異端審問官という位置付けです。実はえんとつ町が煙に覆われ、支配者がその理由を隠し、異端審問という形で規制するのは町や住む人たちを外界から守るためなのですが、その辺を無視してただ親父が見たいと言っていた星が見たいがために行動しますと言っている主人公たちの同期に説得力がないんです。
下手したらこの物語の終了後この町は他の国に攻め込まれる可能性があります。その時結局は為政者頼みとなるわけです。にも関わらず、取り締まる側を警察ではなく異端審問官という中世の文化圏の役職としているわけです。規制を強いる者は治安の維持とではなく悪であるとのイメージを彷彿させるネーミングにしているわけです。
その辺が非常に気持ち悪い。
きちんと敵役にも正当性があることを議論の上で一般民衆が味方につくという展開ならもう少し深みのある内容になったのかと。
つまりどういうことかというと、メッセージがダイレクトに盛り込まれているため、
本来なら読み解く知性の無い人にもすぐに主張が伝わり、かつ偏重的な思想なため自分に芯の無いバカが感化され易いという構成なんです。
プロパガンダを広めるための作品に見えて気持ちの悪い印象が出てくるのかなと。
逆に1回は見て、あーこれがオンラインサロン養分向けに作られた映画なんだなー
と実感できたって点で見てよかったと思う映画でした。
6、プペル見るぐらいなら
実はプペルとどことなく似たテーマのゲームが過去にございまして。
それが2002年にPS2にて発売されたゲーム
ブレスオブファイアV ドラゴンクォーター
です。一応カプコンの有名RPGのナンバリングタイトル5作目なのですが、
システムがあまりに尖りすぎて、当時のユーザーの多くに受け入れられず中古行きに。
以降ブレスオブファイアシリーズのナンバリングがなくなってしまったんですが
システムに慣れれば非常に面白いので
ワンコインで買える神ゲーと言われているようです。
キャッチコピーは
「そらをみにいく」
なのでなんかその辺もプペルと被ってますね。
マイナーゲームだし、難易度高いし、PS2なので今更できないという人には
がおすすめですよ!
これも古い価値観に縛られた世界の破壊がいくつかあるテーマの一つとして盛り込まれ、
それによる混乱や弊害、リスクも丁寧に盛り込まれています。
やったこと無い人は是非やってみてください。
間違いなくプペルよりも感動できるはずです。
それではまた!!